2012年、名古屋の栄で誕生した小さな純米酒専門日本酒バー「YATA(やた)」(マグネティックフィールド、代表取締役 山本将守氏)。それまで“酒場”や“角打”といったイメージが強かった日本酒立ち呑みを、洒落たスタンディングバーとして提案し、新たに若年層マーケットを開拓してきたパイオニアだ。創業したのは、日本酒界の革命児・山本将守氏。2014年、東京進出。雑居ビルの10Fにありながら、毎晩、若い女性や日本酒好きのビジネスマンなど多種多様な人で溢れ、瞬く間に話題の店に。5坪から10坪の狭小店舗、空中階でも展開可能な注目の業態だ。代表の山本氏に「YATA」ブランドの強みや教育体制、今後の戦略などを聞いた。
—まず創業の経緯からお聞かせください。
実家が酒屋なんですが、僕自身はサッカー少年で、高校時代はプロを目指してブラジルに留学したり、卒業してからも練習生として、いろんなチームをまわったりしていたんです。やっと内定が決まったJリーグのチームも諸事情で話がなくなってしまって。それが24歳の時でした。そのとき思ったんです。本当にサッカーが上手だったら、もう日の丸を背負っているはず、と。それで諦めて実家に戻って酒屋を継ぎました。
—未経験でいきなり日本酒の世界に飛び込んだわけですね。
そうですね。最初は本当に苦労しながらお店を回って、契約をもらっていました。そうやっていると、酒蔵さんの想いをしっかりお店やお客さんに伝えるのが難しいなと感じたんですよね。例えば、「この銘柄はこの温度で保存してくださいね」と言っても、飲食店の人が必ずしもやってくれるわけじゃないんですよね。だったら自分でやるか、と作ったのが「YATA」なんです。お店を出すことで、まずは名古屋の日本酒市場を活性化しようと掲げたんです。
—そうだったんですね。「YATA」のコンセプトである“純米酒のみを扱う日本酒バー”に込めた意味は。
「YATA」は、純米酒を扱う研究所、酒ラボ、という位置づけなんです。いかにその人に合ったお酒を出せるか。お客さんを見極めて、何を欲しているかを一瞬で見極める能力を第一に置いています。それは、味わいだけじゃなくて、一緒に飲む人とか、体調や季節などいろんな条件のもとで相性が決まってくる。同じお酒を同じ味と感じるのは、そんなにないんですよ。だから、うちは日本酒専門店ですが、最初から必ず日本酒をおすすめするわけではなく、暑くて汗かいていたらまずお水を出しますし、初めて飲む人、燗を飲んだことない人、などあらゆる人に向けた味わいを平等に置いています。意外と「入手困難」と言われているお酒ほど、よくお店でみかけるじゃないですか。銘柄や酒屋の名前に頼るんじゃなくて、あらゆるお酒を知った上で、お客さんにマッチするお酒を出せればいいと思っています。
さらに言えば、日本酒を一滴たりとも無駄にしたくない。1時間飲み放題2000円で「利き酒コース」をやっているので、なかには酸化したり劣化したりするお酒も出てくるんですよ。でも、それをサンプルとしても出せるんですよ。「これが酸化ですよ」と一言解説を加えてあげれば、体験を通じて日本酒をもっと深く知るきっかけを作ることができるんです。そういう意味でも、うちは「研究所」なんです。
—日本酒の廃棄率は。
ほぼないですよ。お客さんが残しちゃうことはありますけど、捨てることはないですね。廃棄が極端に少ないので、原価率もそう高くならないと思います。
—純米酒だけを扱う日本酒バーで、しかも「利き酒コース」かグラスの2通りのドリンクメニューと、軽食のみ。かなり絞った業態だと思いますが、その意図は。
最初は、いろんな人から絶対失敗する、前例がない、とさんざん言われましたが、「とりあえず1年、やってみよう」とはじめたんです。だから、1号店は4.5坪の小さなお店。すごく尖ったお店だから、考え抜いた上の業態でしたが、2割くらいの未知の部分に期待していたんです。化学反応というか。それはコミュニティの創出だったり、他業種とのコラボだったり。そうやって少しずつ日本酒の認知が上がっていけばいいな、と。例えば、うちは6店舗で毎月6000人くらいの来客があるんですが、それが1万人、2万人となっていけばもっと面白くなるんじゃないかって。うちの店が“媒体”となって日本酒をしっかり広めていきたいんですよね。創業した名古屋では、ある程度マーケットをつくれたと実感しています。最近やっと注目されだした日本酒ですが、焼酎ブームやワインブームの時は、酒蔵さんは苦しんだんですよね。もしそういう時期がまた北としても、うちがお店として支えられるキャパ、影響力をもっておきたいんです。うちは酒を買ってきて売っているのではなくて、蔵と直接取引しているので、彼らの想いもしっかり汲み取って、お客さんに伝えられるんですよ。これまで日本酒業界は、マーケティングや広告などの発想はあまりありませんでしたが、うちの店が媒体となれればそれが一緒にやれると思うんです。
—媒体としての日本酒専門店というのは具体的にどういうことですか。
例えば、毎月5万円で酒蔵や協会などと広告契約したとしますよね。契約社の人が、いつでも来れて新作の日本酒を「利き酒コース」に盛りこんだり、それをお客産みんなにSNSで投稿してもらったり、そういったイベントも柔軟に対応できます。お客さんの層も高いので、リアルな広告効果は絶大だと思います。
そうやって一緒に利益を上げて、その地域地域に還元できる仕組みをつくりたいんです。
<知識と魂を入れる、山本イズムの人材教育>
—日本酒についての深い知識と柔軟な提案力が必要となってきますが、スタッフの教育についてはどのようにされていますか。
まずうちのベースとなる考え方があって、それはオランドの“トータルフットボール”というサッカー理論を参考にしているんです。僕がサッカーをやっている時、ある監督から「個性は評価しない」と言われたんです。「プロはドリブルだけが上手くてもだめ。シュートだけが上手くてもだめ。まず大事なのは、チームで与えられた仕事を100%こなせるのがプロだ」と。その上で個性を出せる選手がレギュラーになれる。会社もまったく同じことなんですよね。決められたコートの中にこそ自由がある、そんなサッカー理論を応用しています。
まず「YATA」という日本酒店としての空間をつくることが第一。その空間をつくり込んだ上で、自分の個性を出せばいいんです。まずはうちのオペレーションを完璧にこなせないとだめなんです。それにうちの利き酒コースは、個性はおのずと出てくるんです。お客さん一人一人とのセッションだから。
—イベントも頻繁に開催されていますよね。
そうですね。毎週日曜日だけはスタッフが自由にイベントを企画していい日にしています。うちのイベントは、けっこうマニアックなんですけど、即満席になるんですよ。
—入社後に研修は。
もちろんあります。ですが、2~3ヶ月の研修ですぐにお店を任せるようにしています。実践で学んでもらうというか、お客さんにも育ててもらう、そんな感覚です。うちは基本的にワンオペなので、いきなり任せるのにリスクもありますが、人を育てるには、任せる勇気が必要なんですよね。
—日本酒にあまりなじみのない人材を積極的にスタッフとして採用しているとうかがいました。
そうですね。うちはカリスマを育てる必要はない。会社がカリスマになればいいと思っているんです。20歳からの若い人たちをいかに日本酒の魅力に引き込むかが重要だと思っています。僕と同じ30代の方でも日本酒に悪いイメージを持っている人がけっこういるんですよ。でも、うちに来てそのイメージが変わったという人も多い。そうやって変えていかないと、その人の子どもたちもいいイメージをもたないようになる。そう考えると、30代40代の育成、それから20代の育成が必要になってくる。特に20代は、まだ飲みなれていない状態から教えるのが一番早いんです。そういう教育についてもうちでしかできないノウハウをもっています。
—FC店スタッフに対する教育体制は。
僕の“イズム”があるので、すべて僕がやります。また、各店舗のオープン時から1〜2ヶ月は、うちの店長が店に入って、フォローアップします。うちは箱も決まっていて、ワンオペで、メニューもショットか利き酒コースかの2通り。スタッフが伝えることは、日本酒それぞれの魅力。そうやって型が決まっているんです。あとは、その伝え方を教育できるスキームがうちにはあるので、やりやすいし、損もしづらいと思います。
—なるほど。FC展開に対して「YATA」の強みは。
酒ラボとしての高い専門性と純米酒専門バー「YATA」としてのブランド力。そして、コンパクトなパッケージですので、展開しやすく機動力があります。また、うちは日本酒で翌日残ったり、悪酔いしたりしないように健康的な飲み方をおすすめしています。例えば、深夜営業はしない、とか、和らぎ水を必ずお出しするとか。なので、お客さんの層もすごくいいんですよね。おいしく飲んで、気持ちよく帰ってほしい。それで「日本酒ってこんなにいいんだね」と思ってほしいんです。そこがYATAブランドでもあり、うちの強みでもあると思います。
—坪数の基準は。
だいたい5~10坪ですね。
—対象エリアは。
まずは自社FC店として札幌に出しました。神田店の店長が北海道出身で、地元でやりたいと手を上げたので。ほかに出店場所として考えているのは、福岡、広島、大阪、仙台などある程度の規模がある都市ですね。
—どういうオーナーさんを求めていますか。
数店舗展開することができる会社にフィットすると思います。酒屋など流通業者の方にもぜひやってほしいですね。流通の部分って一番日の目を見てないなぁ、と感じるからなんです。本当はもっとエンターテイメント性が高い仕事だと思います。それに彼らには酒に関する豊富な知識という財産がある。それをちゃんと活用すべきだと思うんです。「YATA」だとそれができる。店舗でお客さんに直接お伝えできるからです。そうやってもっとみんなに見てもらった方が酒屋業界も活性化するんじゃないか、と。あとは、電鉄会社との相性も良いと思います。小さなスペースで、ワンオペというライトな業態はエキナカなど向いていますね。日本酒を日本の伝統的文化として人に広めたいんだという想いをしっかり持った方がいいですね。例えば、海外での出店もありです。
—FC展開する上で、今後の見通しは。
そうですね。少しずつ広めていけたら、その利益で日本酒について体系的に学べるアカデミーを設立したり等、日本酒業界が活性化するための次のステップもいろいろ考えています。
1980年愛知県北名古屋市生まれ。株式会社マグネティックフィールド代表取締役。ブラジルへサッカー留学、帰国後も4年間Jリーグ練習生として全国のクラブチームを渡り歩く。24歳で、家業である酒屋を引き継ぐ。2012年、名古屋・栄に純米専門日本酒バー「YATA」をオープン。日本酒ブームの火付け役となり、瞬く間に人気店に。現在、名古屋市内、東京、札幌で「YATA」を6店舗経営する。「きき酒師」の最高資格と呼ばれる「日本酒学講師」を28歳で取得、世界きき酒師コンクールでファイナリストに残るなど、輝かしい経歴をいかして、「日本酒コンシェルジュ」として各地で講演を行う等、幅広く活躍中。